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広島高等裁判所岡山支部 平成8年(ネ)15号 判決 1998年5月21日

控訴人

亡小倉静夫承継人

小倉信夫

外四六名

右訴訟代理人弁護士

嘉松喜佐夫

達野克己

小倉康平

被控訴人

山陽町

右代表者町長

則武明

右訴訟代理人弁護士

河原太郎

河原昭文

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人らに対し、別紙金額表認容額欄記載の各金員とこれに対する平成四年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

五  この判決の二項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  (主位的請求)

被控訴人は、控訴人らに対し、別紙金額表の請求額欄記載の各金員とこれに対する平成四年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (予備的請求)

原判決添付別紙物件目録記載の各土地(ただし、同目録記載の面積は実測面積である)(以下「本件各土地」という)についてなされた同目録の売主氏名欄記載の各売主(以下「本件各売主」という)と被控訴人との間の各売買契約(以下「本件各売買契約」という)が無効であることを確認する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  2につき仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件各控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

A  (主位的請求)

一  特約に基づく請求(請求権一)

1 請求原因

(一) 山陽自動車道等の建設計画

(1) 昭和五五年ころ、日本道路公団(以下「公団」という)の山陽自動車道及び岡山県(以下「県」という)の県道岡山吉井線バイパス(以下「県道バイパス」という)が、山陽町内の穂崎地区及び岩田地区を通って並行して建設される旨関係機関の問で計画されたが、右両道路の位置関係については、右両地区住民の意見が対立して容易に決まらなかった。

(2) 昭和五八年、被控訴人の町長であった生本正義(以下「生本町長」という)は、県道バイパスの上下線を分離し、山陽自動車道の南北両側に県道バイパス上下各線を建設する調整案を提示し、両地区住民の了解を得て、山陽自動車道及び県道バイパスの両用地を一括して買収するよう交渉を進めた。

(3) しかし、山陽町内の地権者らは、公団の買収価格が県の買収価格を上回ること及び将来における地価上昇を期待していたので、両用地買収価格の調整の点で交渉は難航した。

(二) 本件特約

本件各売買契約締結に先立つ昭和五八年四月一八日、生本町長と本件各売主との間で、本件各土地の売買に関し、左記の特約(以下「本件特約」という)がなされた。

(1) 本件各売買契約締結後、その各売買代金額(後記(三)の本件各受領金額)を超える代金額で被控訴人が公団に対し本件各土地を転売したときは、被控訴人は、本件各売主に対し、右各転売代金額から本件各受領金額及び後記(2)の各利息相当額を控除した各金額(原判決添付別紙売却金額等一覧表「本件請求額」欄記載のとおり。以下「本件各差額」という)を支払う。

(2) 被控訴人は金融機関からの借入金をもって本件各受領金額を本件各売主に支払うものとし、右借入金の利息相当額は本件各売主の負担とする。

(三) 本件各売買契約

昭和五八年四月二六日から同月二七日にかけてのころ、本件各売主は、本件各土地につき、被控訴人に対し、原判決添付別紙売却金額等一覧表「山陽町からの受領金」欄記載の各代金(右各代金額は、本件各土地の実測面積一平方メートル当たり一万一六五〇円[ただし、同一覧表の備考欄に記載したものは同欄記載の金額]とし、小作権の負担のある土地については底地価格と小作権価格を合算したものである。以下「本件各受領金額」という)で売り渡す旨の本件各売買契約を締結し、そのころ、本件各土地につき、本件各売主から被控訴人に対する引渡し及び所有権移転登記手続がなされた。

(四) 本件各土地の転売

平成四年一月一六日、被控訴人は、公団に対し、本件各土地を、原判決添付別紙売却金額等一覧表「公団への売却額」欄記載の各金額(一平方メートル当たり六万三九〇〇円の割合で算定した金額であり、本件各受領金額を超える。)で転売し、そのころ、公団から右転売代金額を受領した。

(五) 本件各売主の一部についての承継

本件各売主のうち原判決添付別紙相続関係表(なお、同表の原告番号32の「法定相続人(譲渡人との続柄)」欄に「(姉)」を、原告番号35の「死亡年月日」欄に「昭61.8.13」を各付加する)「土地譲渡人」欄記載の各売主が死亡し、同表「本件請求権の相続人」欄記載の各控訴人が、それぞれ相続によりその地位を承継した。また、当審において、控訴人小倉静夫の死亡(平成六年一〇月一二日)により同人の長男である控訴人小倉信夫が、控訴人田村繁雄の死亡(平成九年一〇月一一日)により同人の長男である控訴人田村誠一が、それぞれ相続によりその地位を承継した。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件特約に基づき、本件各差額(控訴人小野薫及び同小野卓二の共有にかかる土地の差額については、その共有持分に従い、控訴人小野薫が三分の二相当額、同小野卓二が三分の一相当額を請求する。後記の請求権二、三についても同じ。)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) (一)(山陽自動車道等の建設計画)の(1)は不知。同(2)のうち昭和五八年に生本正義が被控訴人町長であったことは認めるが、その余は不知。同(3)は不知。

生本町長は昭和六一年四月に死亡し、助役であった岩本新一が同年五月に被控訴人町長となったが、平成二年五月、則武明が岩本町長との間の激しい選挙を経て被控訴人町長となったので、生本町長在職当時の事情は被控訴人に引き継がれず不詳である。

(二) (二)(本件特約)は知らない。

(三) (三)(本件各売買契約)は認める。

被控訴人は、本件各売主から、本件各土地を町道(馬屋・立川線)用地として買い受けたものである。

(四) (四)(本件各土地の転売)は認める。

被控訴人は、本件各土地を取得後、その地目を田から公衆用道路に変更したが、平成二年一二月、町道廃止に伴い、地目を雑種地に変更した後、平成四年一月、公団に対し本件各土地を売り渡した。本件各土地は、県道バイパスに接する雑種地であったので、県道バイパスに接しない田はもとより、県道バイパスに接する田と比較してもその価値が高く評価され、売買価額は一平方メートル当たり六万三九〇〇円となった。

(五) (五)(本件各売主の一部についての承継)は、認める。

3 抗弁

かりに本件特約が存在するとしても、本件特約は、被控訴人の予算に基づかず、また、被控訴人議会の議決を経ていないので、無効である。

本件特約は、地方自治法二三二条の三所定の「普通地方公共団体の支出の原因になるべき契約その他の行為」であるから、法令または予算の定めるところに従うことを要するが、これを根拠づける予算は定められていない。また、本件特約は、同法九六条一項八号所定の「その種類及び金額について政令で定める基準に従い条例で定める財産の取得又は処分」にあたる(同条同項同号及び同法施行令一二一条の二第二項に基く被控訴人の「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」[昭和三九年三月一八日条例一五号]三条は、予定価格七〇〇万円以上の不動産[土地については、一件五〇〇〇平方メートル以上のものに限る]の買入れ等につき議会の議決を必要と定めている)から、被控訴人議会の議決を経ることを要するが、同議会の議決を経ていない。したがって、本件特約は、同法二三二条の三及び同法九六条一項八号に違反し、無効である。

4 抗弁に対する認否

本件特約が、被控訴人の予算に基づかず、また、被控訴人議会の議決を経ていないことは認めるが、その余の主張は争う。

本件特約は、本件各土地を転売したときに差益が生じた場合はこれを本件各売主に支払うというにすぎず、被控訴人に実質的な負担をさせてその財産を減少させるものではないから、地方自治法二三二条の三所定の「普通地方公共団体の支出の原因になるべき契約その他の行為」にあたらず、被控訴人の予算に従うことを要しない。また、本件各土地の面積はいずれも五〇〇〇平方メートル未満であるから、被控訴人の前記条例三条によっても、その取得につき同法九六条一項八号所定の議会の議決を経ることを要しない。

5 再抗弁

生本町長及び被控訴人の助役岩本新一(右両名を以下「生本町長ら」という)は、昭和五八年四月二五日に開催された被控訴人議会議員の全員協議会において、本件特約に関する報告及び説明を行って、同協議会の了解を得たうえ、同日引き続き開催された被控訴人議会(昭和五八年第一回臨時会)において、被控訴人が本件各土地を町道用地買収の形式で取得するため、町道(馬屋・立川線)(なお、被控訴人において右町道を新設する予定はなく、これについて具体的な建設計画は何ら策定されまいまま、本件各土地の公団への売却が内定した後直ちに右町道路線廃止の議決がなされた)路線の認定に関する議案(議第二三号)及び補正予算案(議第二四号)について提案を行い、両議案につき同議会の議決を経た。すなわち、本件各土地の公団への転売については、その時期、価額が未定であって、本件特約そのものを議案とすることができなかったため、右の方法によって被控訴人議会の了解を得たのである。

したがって、本件特約は、被控訴人の予算に従い、かつ、被控訴人議会の議決を経たと同視することができる。

6 再抗弁に対する認否

生本町長が、前記5記載の被控訴人議会において、被控訴人が本件各土地を町道用地として取得するため、町道認定に関する議案(議第二三号)及び補正予算案(議第二四号)について提案を行い、両議案につき同議会の議決を経たことは認めるが、その余の主張は不知ないし争う。

二  不当利得返還請求(請求権二)

1 請求原因

(一) 一の1の(一)ないし(五)の事実と同じ。

(二) かりに本件特約が無効であるとすれば、本件各売主は本件特約が有効であると信じて本件各売買契約を締結したものであって、本件特約は本件各売買契約と不可分一体をなしその重要な部分(要素)というべきであるから、本件各売買契約は錯誤により無効である。

(三) 控訴人らは、被控訴人に対し、本件各売買契約の無効に基づき本件各土地の返還請求権を有するが、本件各土地は山陽自動車道用地として既に整備使用されており、被控訴人が右返還義務を履行することは社会通念上不可能といわざるをえない。そうすると、被控訴人は法律上の原因がないのに本件各差額相当額を利得し、控訴人らは右同額の損害を受けたことになる(なお、被控訴人の利得及び控訴人らの損害を控え目にみても、本件各土地一平方メートル当たり三万九五〇〇円[県道沿いの土地についての公団の買収単価]から一万一六五〇円[本件各売買契約の単価]を差し引いた二万七八五〇円となる)。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件各差額相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) (一)については、一の2の(一)ないし(五)記載の認否と同じ。

(二) (二)は争う。本件特約が無効であることは、控訴人らも認識していたはずである。

(三) (三)は争う。

三  不法行為に基づく損害賠償請求(請求権三)

1 請求原因

(一) 一の1の(一)ないし(五)の事実と同じ。

(二) かりに本件特約が無効であるとすれば、生本町長らは、本件各売主に対し、本件各売買契約を締結するに際し、本件特約につき被控訴人議会の議決及び予算措置が必要であることを説明するべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、本件各売主に本件特約が当然に有効であると信じさせて本件各売買契約を締結させ、その後においても、生本町長ら及びその後任者は、本件特約につき、被控訴人議会の議決を経たり、予算措置を講じる措置をしなかったものであるから、生本町長ら及びその後任者は故意または過失により信義則上の義務に違反したものであり、これは本件各売主に対する不法行為にあたる。

(三) 生本町長ら及びその後任者の右不法行為は、その職務を行うについてなされたものである。

(四) 控訴人らは、右不法行為により、本件各差額相当額(控え目に計算しても、前記二の1の(三)記載のとおり本件各土地一平方メートル当たり二万七八五〇円)の損害を受けた。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項、民法四四条一項または七一五条一項に基づき、本件各差額相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否

(一) (一)については、一の2の(一)ないし(五)記載の認否と同じ。

(二) (二)は争う。

(三) (三)は争う。なお、本件各売買契約は、私法上の売買にすぎず、被控訴人の買受行為は私経済作用であるから、これらは公権力の行使にあたらない。

(四) (四)は争う。

B  (予備的請求)

一  請求原因

A(主位的請求)の二(不当利得返還請求)の1の(一)、(二)の事実と同じ。

よって、控訴人らは、被控訴人に対し、本件各土地についてなされた本件各売主と被控訴人との問の本件各売買契約が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

A(主位的請求)の二(不当利得返還請求)の2の(一)、(二)記載の認否と同じ。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  争いのない事実

A(主位的請求)の一(特約に基づく請求)の1(請求原因)の(一)の(2)の事実のうち、昭和五八年に生本正義が被控訴人町長であったこと、同(三)ないし(五)の各事実(以上につき、Aの二、三の各請求の請求原因(一)として主張された事実についても同じ)、一の3(抗弁)の事実のうち、本件特約が被控訴人の予算に基づかず、また、被控訴人議会の議決を経ていないこと、一の5(再抗弁)の事実のうち、生本町長が被控訴人において本件各土地を町道用地として取得するため、町道認定に関する議案(議第二三号)及び補正予算案(議第二四号)につき被控訴人議会の議決を経たことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件各売買契約締結の経緯について

前記争いのない事実、証拠(甲一四、一六の1・2、一七ないし一九、三五、四一、乙一、七、八、控訴人馬場直本人、同小林正義本人、証人岩本新一、同石原徳夫)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  岡山県山陽町付近においては、かねて山陽自動車道が建設される計画があったが、昭和四七年ころには、山陽団地の造成に伴う人口の増加に対応するため、山陽自動車道のほか、県道バイパスの建設も検討された。

昭和五三年には町道の改修がなされ、そのころから、山陽自動車道と県道バイパスの建設計画が具体化した。両道路の路線については、山陽町付近には古墳が多数あり、また、かつて一部地域に山陽自動車道建設に対する反対運動があったことから、これらを避け、同町岩田地区と穂崎地区の間を通って並行して建設される見通しとなった。

しかし、右両道路の北方に所在する岩田地区の住民は、生活に利便性のある県道バイパスを山陽自動車道の北側に設置することを希望し、右両道路の南方に所在する穂崎地区の住民はその逆を求め、両道路建設の位置関係について右両地区住民の間に争いがあった。

2  昭和五四年から昭和五五年にかけて、生本町長は、右両道路の位置関係につき、県道バイパスの上り車線と下り車線を分離し、山陽自動車道を挟んでその南北両側にこれらを建設するという調整案を提案し、右両地区住民もこれに賛同した。

生本町長は、道路建設工事の便宜のため右両道路用地を一括して買収することとして、関係機関との間で調整を進め、昭和五六年ころ、右両道路建設用地について測量がなされた。

その後、県道バイパスの建設に県の予算がついたことから、県による県道バイパス用地買収が、公団による山陽自動車道用地買収に先行して行われる見通しとなった。県が行う県道バイパスの買収単価は、最終的に一平方メートル当たり一万一六五〇円となった。そのころ、公団の買収価格が県の買収価格を上回るといわれていたこと及び当時の地価の上昇傾向から、地権者らは、将来、公団が行う山陽自動車道の買収単価について、県道バイパスの前記買収単価を上回ると予想していたため、山陽自動車道用地を予め売り渡すことに難色を示していた。

3  昭和五八年一月ころ、生本町長は、穂崎公会堂において、地権者らに対し、右両道路用地の一括買収を進めるため、以下のとおり、本件特約に関する提案をした。すなわち、県が県道バイパス用地を買収するに当たって、被控訴人が本件各土地を同一単価で買収するが、その後、被控訴人が公団に対し本件各土地を山陽自動車道用地として転売した際、被控訴人の転売価格から買収価格を差し引いた本件各差額を旧地権者らに対し支払うこととし、ただし被控訴人が本件各土地の買収のため借り入れる金員の利息相当額は旧地権者らの負担として欲しいというものであった。

同年三月一六日、地権者らは、生本町長の提案を受け入れることに決定した。

同年四月一八日、生本町長と本件各売主は、穂崎公会堂において、前記提案に沿う合意(本件特約)をした。しかし、本件特約については、書面は作成されず、その後、売主が区長を通して生本町長に書面の作成を求めても、生本町長はこれに応じなかった。

4  同月二五日、生本町長は、被控訴人議会(昭和五八年第一回臨時会)に先立って開催された全員協議会において、議員らに対し、山陽自動車道用地及び県道バイパス用地の一括買収の経緯及び本件特約の概要を報告し、山陽自動車道用地となるべき本件各土地について、町道(馬屋・立川線)の認定をしたうえ、これを町道用地として取得する旨説明した。

引き続き、生本町長は、被控訴人議会において、本件各土地の買収に伴う町道(馬屋・立川線)認定に関する議案(議第二三号)及び右町道用地買収のための三億四三〇〇万円の借入れとこれに関連する補正予算案(議第二四号)を提案し、同議会はこれらを議決した。

同月二六日、二七日の両日にわたり、県の県道バイパス用地買収と同時に、生本町長と本件各売主とは、県の買収単価と同一単価(一部の例外を除く)で、本件各売買契約を締結した。本件各売買契約については契約書が作成されたが、右契約書には本件特約に沿う記載はなかった。その後、県は、県道バイパス建設工事を開始し、被控訴人は、本件各土地につき地目を公衆用道路に変更したが、本件各土地を放置したままで何ら工事を行わなかった。

5  生本町長は昭和六一年四月に死亡し、同年五月、助役であった岩本新一が被控訴人町長となり、平成二年五月、則武明(以下「則武町長」という)が、被控訴人町長となった。

平成二年一二月、被控訴人は、本件各土地につき町道の廃止をして地目を雑種地に変更したうえ、公団との間で、本件各土地の転売のため本件各売主の代表者を交えて転売価格の交渉をした。

右交渉の結果、本件各土地は、県道バイパスに沿う雑種地として、一平方メートル当たり六万三九〇〇円と評価された。なお、県道バイパス沿いの田は一平方メートル当たり三万九五〇〇円、町道沿いの田は一平方メートル当たり三万二六〇〇円、一般の田は一平方メートル当たり二万六三〇〇円とそれぞれ評価された。

6  平成三年七月一八日、本件各売主は、本件各土地の転売価格が決定したので、則武町長に対し、本件特約に基づき本件各差額の支払を求めた。しかし、則武町長は、一旦町有財産になった本件各土地の処分代金について、これを旧地権者らに返還することは法的根拠に乏しく、現状においては補助金として支払うことも追加売買代金として支払うことも難しいと述べ、支払を拒絶した。

平成四年一月一六日、被控訴人は、公団に対し、本件各土地につき、前記単価で転売して所有権移転登記を経由した。公団は、本件各土地上において山陽自動車道の建設工事を行った。

本件各売主は、本件各差額の支払を求めて、同年六月一〇日に山陽自動車道対策協議会を結成し、本件訴訟を提起するに至った。本件訴訟が当審に継続中である平成八年三月二一日及び平成九年六月二五日の二回にわたり、被控訴人議会は本件につき和解で解決するよう進言する旨議決した。

三  本件特約に基づく請求(Aの一の請求)について

1  本件特約の効力について

(一)  前記認定事実によれば、本件特約は、財産の取得又は処分に関する合意であって、地方自治法九六条一項八号、同法施行令一二一条の二第二項及び被控訴人の「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(昭和三九年三月一八日条例一五号)三条に該当するから、被控訴人議会の議決を経ることを要すると解するべきである。控訴人らは、前記条例三条により一件五〇〇〇平方メートル未満の土地の取得については議会の議決を要しないこととされているところ、本件各土地は一筆毎にみるとそれぞれ五〇〇〇平方メートル未満であるから、これらについて議会の議決を要しないと主張する。しかしながら、被控訴人の本件各土地の取得は、同一の目的で同一の機会に同一の手続でなされるものであるから、全体として一件とみるべきである。そうすると、本件各土地は合計2万5424.88平方メートルであって、被控訴人の本件各土地の取得は一件五〇〇〇平方メートルを超えるので、控訴人らの右主張は採用できない。

(二)  また、前記認定事実によれば、本件特約は、被控訴人に対し抽象的に債務を負担させ、将来において被控訴人の支出の原因となる行為である。したがって、本件特約は、支出金額が確定した時点で、地方自治法二一四条に基づく債務負担行為としての予算措置または同法二三二条の三に基づく支出負担行為としての予算措置を取ることを要すると解すべきである。控訴人らは、本件特約が、本件各土地の転売差益が生じた場合にこれを被控訴人から本件各売主に支払うにすぎず、被控訴人に実質的な負担をさせてその財産を減少させるものではないから、地方自治法二三二条の三所定の支出負担行為にあたらないと主張するが、採用できない。

(三)  ところで、普通地方公共団体の長は当該公共団体を代表する権限を有するところ、地方自治法九六条に基づき議会の議決を要する事項については、長の代表権も議会による制約を受け、長が議会の議決を経ずにした行為は無効と解するべきである(最高裁第二小法廷昭和三五年七月一日判決・民集一四巻九号一六一五頁)。また、普通地方公共団体の長が、同法二一四条に基づく予算措置を講ぜずに債務負担行為をしたり、または同法二三二条の三に基づく予算措置を講ぜずに支出負担行為をした場合、これらの行為は、予算の法規範性に鑑み、無効と解するべきである。

本件特約については、前記のとおり、財産取得又は処分行為として、被控訴人議会の議決を経ておらず、また、債務負担行為または支出負担行為として予算措置を経ていないのであるから、いずれの見地からしても無効であるというべきである。

控訴人らは、本件特約の効力につき、被控訴人議会の議決がなくても有効であると主張するが、採用できない。また、控訴人らは、本件特約については、被控訴人議会の全員協議会で報告・説明がなされて、出席議員の了解を得た後、引き続き開催された被控訴人議会において関係議案の議決を経たのであるから、議会の議決を経たと同視できると主張する。しかしながら、全員協議会は、議会開催前に議員に対し議案を説明するため便宜上開催されるものであって、議会それ自体ではなく、また、全員協議会において本件特約が了承され、引き続き開催された議会において関係議案が議決されたとしても、本件特約自体については議会に議案として提出されておらず、全員協議会の了承をもって議会の議決と同視することはできないので、控訴人らの右主張は採用できない。

2  よって、Aの一の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

四  不法行為に基づく損害賠償請求(Aの三の請求)について

1  次に不法行為に基づく損害賠償請求について検討する。なお、控訴人らの各請求のうち、不当利得返還請求と不法行為に基づく損害賠償請求との間に順位があるとは解せられない。

2  請求原因(二)(生本町長らの過失)について

普通地方公共団体が契約を締結するについては、地方自治法に基づき議会の議決・予算措置などの制約を受ける場合がある。これらの場合、その公共団体は、事前に右措置を講じたときは別として、契約の相手方に対し、契約を履行するためには右措置を講ずることを要し、右措置を講じない限り契約は無効であることを説明し、かつ、契約締結後においては、右措置を講ずるべく誠実に努めることが、信義則に基づき要求されると解するべきである。

本件の場合、生本町長は、山陽自動車道と県道バイパスの両用地を一括して買収するため、本件各売買契約の締結に先立って本件各売主との間で本件特約を合意したのであるから、まず、本件各売主に対して前記の説明を行う義務があったものであり、かりに本件各売主において前記措置を講じない限り本件特約が無効であると知っていたとすれば、本件各売主は、本件各土地を、被控訴人に売り渡すことなく、公団が買収する時点まで待って公団の買収価格により公団に売り渡したであろうことが明らかである。しかるに、生本町長は、本件特約につき事前に前記措置を講じていなかったにもかかわらず、本件各売主に対して前記の説明をせず、このため、本件各売主は、本件特約が有効であると誤信し、被控訴人の施策に協力して、本件各土地を公団に直接売却せずに被控訴人に売却した。

その後、生本町長及びその後任者である岩本町長は、本件特約につき前記措置を講ずるべく努力をしなかったばかりか(生本町長は、本件各売主の一部から本件特約につき書面の作成を求められた際、これを拒絶した)、さらにその後任者である則武町長は、被控訴人議会が本件を和解で解決するよう進言する旨議決したことからすれば、被控訴人議会の協力を得て本件特約を前提とする解決策を講ずることが可能であったと認めることができるにもかかわらず、本件特約に基づく本件各売主(あるいはその承継人)の要求を明確に拒絶し、同人らが本件各土地の被買収価格のうえで財産上の不利益を受けるとを確定させた。

生本町長及びその後任者らの右各所為は本件各売主に対する違法な加害行為であったといわざるを得ず、これについて故意又は過失があったというべきである。

3  前記認定事実によれば、生本町長及びその後任者らの前記所為は、被控訴人の財産取得に関するものであり、これを外形的に考察すれば被控訴人を代表する長の職務を行うにつきなされたものと認めることができる。したがって、被控訴人は、控訴人らに対し、民法四四条一項に基き、損害賠償責任を負うと解するべきである。

4  控訴人らの損害額を検討する。

前記認定のとおり、被控訴人の買収当時、本件各土地の買収単価は一部の例外を除き一平方メートル当たり一万一六五〇円であったが、被控訴人が公団に対し転売した当時、本件各土地は、被控訴人によって農地(田)から雑種地に転用され、しかも県道バイパスに接していたので、公団の買収単価は一平方メートル当たり六万三九〇〇円であった。

しかしながら、本件各売主が本件各土地を公団に直接売却したとすれば、それまで本件各土地は農地として利用され、他に転用されずにいたであろうから、本件各土地が県道バイパスに接することを考慮しても、公団の買収価格は、県道バイパスに接する田の買収単価である一平方メートル当たり三万九五〇〇円であったであろうと認められる。

そうすると、本件各売主の損害額は、本件各土地について一平方メートル当たり三万九五〇〇円で計算した金額と本件各受領金額との差額により算出するのを相当とする。

控訴人らは、本件各売主の損害は本件各差額相当額であると主張するが、前記事情に照らし採用できない。

よって、Aの三の請求は、別紙金額表認容額欄記載の限度で(計算関係は別紙計算表のとおり)理由がある。

五  以上によれば、控訴人らの主位的請求は、別紙金額表認容額欄記載の限度で理由があるのでこれを認容するべきであり、その余は理由がなく棄却するべきである。

よって、これと一部異なる原判決を右のとおりに変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき民訴法三一〇条、二五九条を各適用ないし準用し、主文のとおり判決する(口頭弁論終結の日・平成一〇年三月一〇日)。

(裁判長裁判官妹尾圭策 裁判官上田昭典 裁判官市川昇)

別紙<省略>

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